氷河期世代はいつ解凍されるのかしら

氷河期世代もしあわせになあれ。氷河期世代も楽しく生きられるようになあれ。収益化してないブログ。

謎といえば男性に結婚願望があるのかどうかが謎

男性に結婚願望があるのか。本当にあるのか。

謎だ。

 

結婚したい男性はお金がある人が多いが、そのお金の使い道としての結婚なのかな。わからない。

わからないから仮説もいまいちわからない。

ひとりぼち

ひとりぼっちでさびしいなあ。

 

アラフォーゆえに何かを積み上げる動機、目的が失われてしまっているのも寂しさの原因でしょう。

 

新たな家族を持つリスクを負うことは到底できない所得と人生でしたので、過去に結婚などに進まないように気をつけてきた選択は間違った選択ではないのですが、その上で今後何を生きるのか、無目的に生きられるほどの強さはなく、周りを圧倒していく強さもなく、何を思って生きていくのか。

 

節約しすぎて遊びの幅も狭い人生になってしまっただね。それでもわずかには楽しいことも経験できたと思う。

 

ただ今はそんな長い人生の時間よりも、ここ最近の現実の生活での人生のうまくいかなさ、相変わらずの現実生活の他人とのうまくいかなさに困っているというか、不安になっている。特に職場でのが相変わらず自分は人とうまくやれなくなってると思ってこわいだね。

気のせいならいいのにな。気にしすぎの可能性はもちろんあるけれど。

 

ここ最近はよく涙がでてくる。悲しいだね。なぜ悲しいのかな。

嫁グラフィーを見なくても、たくさんの素敵な好きな人たちが素敵な誰かの嫁グラフィーになってるただから、あたしはいまさらなんとも思わないだね。

しあわせでよかっただょ。

 

だけどそれは選ばれし者だ。いつの時代も近頃もいろんな人が惨めに生きる人々を慰めてくれるけれど、それが地球の選択なんだと遺伝子の選抜なんだと思って、あてしは胸がしめつけられるだね。

 

遺伝子の選択が地球にとってあまりに間違っている時に人類の知能が是正する説ももちろんあるだけどね。

話が広がってしまってこまっただね。

 

悲しい気持ちがたくさん

悲しい気持ちがたくさんたくさんでてくるね。

つらい人生だっただなあ。

 

 

どうしてこんな人生になったのかについて考えはじめるのも飽きてしまった。もうさんざん考えてしまっていたんだ。

だからもう何も考えず生きるんだな。

それがいまを生きるってこと、なのかな。

生きるのつらたんだね

生きるのつらいだね。

悲しいだね。

楽しいこともなくなってしまっただね。

 

しあわせはどこにあるのかな。

しあわせになりたかったんだな。

 

権力も悪人も女性も男性も人間も全部全部怖いだね。

それが負け人間の現実なんだ。

みんな怖いんだ。

それが弱いということなんだ。

トラウマを忘れたいね

氷河期世代や底辺を馬鹿にする話には反応せずにいられるのに、フェミニズムのおかしな話には反応してしまうのはあてしのトラウマのせいだ。

 

氷河期世代を馬鹿にする言論に対しては鼻で笑ってられる。世代丸ごとバカにするのは非論理的だ。

となると性別丸ごとバカにするのも非論理的だ。

 

非論理的だから無視できるはずなんだけど、ある特定の要素があたしの心をざわつかせるんだね。

それは何か、それは嘘とデタラメだ。

 

嘘とデタラメに関しては氷河期世代ネタでも反応しそうになる。

この国が発表する統計は母集団が曖昧な統計やほしいデータを元に母集団を定義するようなのばかりだからね。

 

話を戻して、嘘とデタラメに反応してしまうのは人生というのは賢くずる賢く生きないと誤解されることばかりだからだね。

そういう権謀術数が苦手というか罪悪感を感じやすいというか、ともかく素直に真面目にしていると他人に出し抜かれたり誤解を広められたりしてしまうね。

それはとても苦しい状況に自分を追いやる致命的な状態なんだ。

そして人生がぼろぼろになる。

 

簡単に話したけどこれがトラウマだね。

 

トラウマの元が他人の嘘、デタラメ、もしくは誤解であるわけだから、嘘とデタラメと誤解を目撃するとトラウマがでてくるってわけだ。

 

で、フェミニズム言論の話に戻ると嘘、デタラメ、というよりも拡大解釈された言論や小さな論拠の言説が目立ってでてくるから、トラウマを刺激するということだね。

 

というわけで、ツィッタでは読まずに済むようにミュートやブロックや、言論を闘わせているアカウントのフォローの解除をしているだね。

 

というより最初はたくさんブロックミュートしてフォローもあんまりしないところから始めて、去年の11月頃にブロックミュート全部解除したんだね。それが間違いだったね。そんな余計なことをしてしまって、余計ないさかいをしてしまっただね。悲しいだね。

 

 

ここで話は終わるのだけど。

ついでなので、何年も前に男性に関することでデタラメが広がっててびっくりした話を下記に記しておくだね。

 

トイレの話なんだ。

ある女性が男性の座りトイレは尿漏れしたりしないよ、旦那がそう言ってたよ。っていう話があって、それがみんなの共通認識として一時期支配的だったんですね。

そんなことないよっていう説明をしてるサイトなどが今はたくさんあるから誤解は解けてるかもしれないけど、以前は座りションは尿漏れしないと言われていたんだね。

 

ここでね、問題になるのはたくさんの男性がね座りションは尿漏れしやすいよと言っているにも関わらず、ひとりの旦那さんが漏れないって言ってるから尿漏れはしないんだよって社会全体に言ってしまうことなんだね。

 

この嘘、もしくは都合のいい主張をしてしまう癖?これが恐怖なんだね。

簡単に嘘デタラメを広げちゃうんだね。

 

 

あたしはね自分がトイレ掃除するから座ってトイレして欲しいのはよくわかるだよ。

ただね、座って綺麗に使うとしたら、それにはトイレットペーパー持った手でてぃんてぃんをしっかり押さえて下に向けて、後ろも前も汚れないように真ん中に座ってするんだね。そして最後は中座になって、てぃんてぃんを自然な状態にして残尿を出すんだね。

 

このようにね、丁寧にやらないと汚れてしまうにもかかわらず、嘘やでたらめで尿漏れしないなんて広まっちゃったら便座の前方が常に汚れてしまうか、着衣が常に汚れてしまうかのどちらかになっちゃうんだよ。

 

前を押さえなければ尿漏れは起きにくくなるから着衣は汚れない、けれど便座はびちょびちょになる。または前を押さえてするけれど、最後に中座して尿漏れ対策をしない無頓着さでは着衣が汚れるんだね。

それに気づかないとトイレの汚れを気にしない男性がするとトイレが汚れちゃうという結果が残ってしまうんだよ。

何のために座りションをしているのか家族にさせているのかわからなくなっちゃうだよ。

 

 

これは一例としてだけど、こんな風におかしな方向に進んでしまうんだよ。無理やりな主張や嘘を混ぜて話を進めると。

 

これが怖いだね。トラウマを刺激するだね。悲しいだね。

悲しい気持ちで生きてるね

悲しいね。

みんな闇をさらけ出しているよね。

四月だからかな、人と比べてしまう季節だね。だからみじめになるんだろうね。

 

四月は人生が順調な人が輝く季節だからね、それを見た時に何かしらつまづいている人は自信を失ってしまいそうで攻撃的になってしまうんだね。悲しいね。

 

そんなことはわたしには関係ないんだけど、私は今とても死にたいんだね。

悲しいんだね。

私は悲しいんだね。負けるからだね。悪に負けるからだね。悪が勝つと常に思ってるから悲しいんだね。

 

悪が勝つという感覚、信念、諦観、ともかくそれが消えなくて、恐怖と無力感でいっぱいなんだね。

だからアルコールを飲んでアル中になってごまかすんだね。メンヘラかアル中か。どちらかを選ぶんだね。

 

例えばなんだけど、仕事がない時にそのことで他人に蔑まれたり、いじわるされたり、嫌がらせされたりするじゃん。それをさ誰が裁けるのかってことなの。

因果応報があればそれでいいけど、あまりに人間の感情に都合のいい法則だから信じるってのも難しい。

さらに因果応報を信じてる人は公平世界仮説を信じやすそうだから、社会の底辺層を見て頑張ってないからああなったとか本気で思ってたりする。

弱い人を叩く道具に変化しやすいんだね。

 

話を戻して、だれが悪人を裁けるのかって話。

嫌がらせをする人、見つからないように嫌いな人に害悪を与える人、裁けないんだよ。そもそも悪と認定していいのかの話で意見が対立するんだ。

 

なぜそこに希望を持って生きられるのか。わたしは希望を持てないんだね。

世の中は何かしら希望を持ってあれやこれややったり言ったりしているんだけれど、最後には暴力的なことに躊躇の少ない人から利益を得ていくんだろうな。て思うだね。

そして、自分やいろいろと弱い人には恩恵が一切ないんだと思ってしまうんだね。運のいい人や上流階級の人だけが恩恵を受けるんだろうなって思ってしまうんだね。

当たり前ではあるんだょ。頭が悪かったり力や精神が弱かったりすると、主張や行使ができない法律や権利はたくさんあるんだからね。

 

弱い人は救われない。弱い人が救われないならなぜがんばるんだろう?ってなってしまうんだね。弱い人ははめられておとしめられるけれど、その点は考慮されずにとりあえず、強い人がおとしめられた時に権利を回復する法律やおとしめられない法律を定めましょうってなるんだよね。難しいこと勇気のいることができない人や気力体力がない人などの弱い人まで考慮してられねンだね。

 

法律は弱い人のために目的が設定されているわけではないんだね。

これも当たり前なのか。

この話はいったんやめる、、、、、、

 

もう一つ、

暴言を吐くことを正当化している人をだれが裁くのか。

勘違いや思い込みで唐突に暴言を吐いて相手を攻撃する人がいたとして、その人はその行為を正当化している。相手が自分より権力や優位性やなんやらがある場合にだれが裁けるのか。言い返せない人は当然いる。

 

お酒を飲み始めたのでここまでだね。

 

明るい氷河期世代作る予定やったの忘れてた

明るい氷河期世代を作って、氷河期世代パリピになってしあわせになる計画立てるはずやったのに。

 

男女平等とか、公共の福祉に反するとはとか、まったくもって考えるべきことを、活動の方向性を間違えてしまってたーー。

 

方向性の違いで氷河期世代も解散しちゃう。

ぐすん。

 

 

明るい氷河期世代への方向性はどこにあるのかな